産後ハイのまま検索魔となり情報収集をし、朝を迎えました。
ただ、この時は私自身まだそこまで深刻にはなっていませんでした。
なぜなら、昨晩夫に「大ごとではないと言われた」と報告を受けていたからです。
朝ごはんを食べ、部屋で診察があり、その後なぜか皆夫だけでなく私も一緒に大学病院へ行くよう促します。
「体猛烈に痛いしねてなくて眠いし何より産後は動いちゃいけないんじゃなかったっけ?」
と思いながらも一緒に行くことにしました。
義父母も一緒に行ってくれました。
出発は朝9時頃でした。
移動時間30分強、舗装されていないようなガタガタ道や狭い道を通り、そのたびに車が揺れて体に激痛が走ります。「大ごとじゃないんだったら、念のための検査ですぐ帰ってくるなら、今くらい病院でゆっくり休ませてほしかった~」と心の中でずっと思っていました。
病院につき、1階の総合案内のあたりで義母と座って待っていると、
「ごめんね、なんで繰り返すんやろね」
と言われました。
夫も小さいころ手術をしているのです。
でも、”大ごとではない”と信じていた私は
「そんなに深刻にならないでください、大丈夫だそうですよ」
などと話していました。
その後、皆でNICUへ向かいました。
すると何やら病棟がバタバタしています。
中に入れるのは両親のみなので、名乗って夫と娘に会いに行くと、NICUの一番奥の仕切りのついた厳重な場所に娘はいました。
顔を見ると、明らかにぐったりして顔色が悪く、眉間にしわを寄せたような苦しそうな表情をしています。そして、おむつを見ると血がついています。ぎょっとして、
「出血しているんですか?血便ですか?」
と近くにいた看護師さんに聞くと、
「(複雑そうな表情で頷きながら)、夜中から…」
とおっしゃいました。
頭が真っ白になりました。
夜中から血便ってどういうことだ?!
血便出たって先生に報告したのかな?
先生血便出てもそのまま様子見てたの?!
自分の当直で面倒なことしたくないってこの病院でもみんな思ったの?!
頭真っ白じゃないですね。色々な考えが駆け巡りました。
その直後、昨日のTS先生とは違う(と夫が言ってました)、てきぱきした先生が話しかけてきました。
「大丈夫なんですよね?」
と聞く夫。
「いや、まだわかりません」
と先生。
「は?!」
今度こそ頭が真っ白になりました。
先生はバーッと話をつづけました。
「緊急手術になるけど、小児外科の先生が1人しかいない。今日ちょうど午前中他の手術が入っているからこの子はそれが終わってからになります。」
え?緊急なのになぜ予定手術を先にするの?
これも信じられませんでした。
手術が始まるまで、気が気ではありませんでした。
そして12時45分から緊急手術が始まりました。
待ち時間に義母たちが病院のファミリーマートでサンドイッチといちご大福を買ってきてくれました。心配で喉も通らないかと思いきや、根拠のない「大丈夫」という自信があった私はおいしくいただきました。しかも、産院のごちそうも食べたかったなぁ~なんて思っていました。
15時40分、手術が終わったと連絡があり、先生からのお話があると両親のみNICUに通されました。
難しい顔をした先生と看護師さん。自己紹介をしていただき、娘の説明が始まりました。
「小腸の大半が壊死していて、切除しました。十二指腸4㎝、大腸側6㎝残った部分をつなげました。これが切除した小腸です」
と、タッパーに入った壊死小腸を見せてもらいました。
「中腸軸捻転という先天性の奇形の状態で、おなかの中で本来固定されている小腸が通常の位置に固定されておらずぷらぷらしている状態でした。お母さんのおなかの中にいるときはそれでも特に問題ないのですが、産まれて母乳を飲み蠕動運動が始まったことで小腸が動き出し、小腸の真ん中の大きい血管部分を軸にギューッとねじれて小腸を栄養している血管が締め付けられ血流が滞り、結果小腸が壊死してしまっている状態でした。手術の際、小腸のねじれを解消してしばらく血流が戻るか見てみましたが、回復が見られなかったので切除となりました」
「今後は口から栄養を摂っても吸収されず、さらに食べることで消化吸収できず下痢を起こして脱水を起こしてしまいます。ですので点滴を使って直接血管に栄養を入れていきます。多少食べられるようになるとは思いますが、柔らかいものとか消化のいいものを少しだと思います。将来的にどれくらい食べられるようになるかはわかりません。点滴は一生必要になると思っていたほうがいいです。小学校なども行けるかどうかわかりません。院内学級などになるかもしれません」
「ひとまず、大きい手術をしたので感染症や合併症の心配があります。この1週間が”やま”だと思っていてください」
このような説明だったと思います。
昨晩のTS先生とは全く違うタイプのしっかりとした、でもとても優しい口調の先生でした。とても慎重に、わかりやすく説明してくださいました。
何か聞きたいことはありますか?と言われ、私からは今後の医療的な管理方法などについて質問させていただきました。
「小学校で給食は食べられますか」
夫が聞いていました。
確かに、これってとても大事なことかもしれません。
私も産院の”給食”がとても楽しみだったのですから。
説明が終わり、席を立った後
「産婦人科の先生から、羊水に異常があるとか多いとか少ないとか言われませんでした?」
と、のちに主治医となるこの執刀医のTT先生に聞かれました。
「産婦人科では毎回問題ありませんとしか言われませんでした」
そう答えると共に、このTT先生からの質問で出産した産婦人科への不信感は確信に変わりました。
(実際、検査ではわからないこともあるかと思います。でも元医療者の私にとっては、医療において後になってから「知りませんでした」「わかりませんでした」は通用しないし言ってはいけないと思っています。この翌日くらいに産院の先生に「僕は妊婦専門だから赤ちゃんのことはわからないんだよねー」とさらっと言われた時の絶望感と言ったら…患者にこんな思いをさせてまで自分の保身のことしか考えないなんて。医療者としてあり得ません)
”あの時もっと早くおかしいって気づいて看護師さんにもっと強く訴えていたら”
”胆汁を吐いたのは昼だったのに、なんで日勤時間帯に搬送してくれなかったんだろう”
”産院内で助産師さんたちにたらい回しにされた”
”日勤中だったらあのちゃんと診断してくれなかったTS先生だけじゃなく朝いらしたしっかりした先生もいて異常に気づいてくれたはずなのに”
”予定手術を待ってもらって緊急手術を優先してくれていたらもっと小腸を残せたかもしれないのに”(この後娘は何度も手術をすることになりますが、予定手術の時は他に緊急手術が入ったら必ず娘は後回しにされていました)
タラレバが止まりません。
未だに思うことがあります。
産院に戻り、夜、夫と一緒に泣きました。
夫が泣いたのをみたのは、今のところこの時だけです。
一緒に泣ける人で良かったな、と思いました。

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